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ネコの指先

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 ヒトのパートナーとして、最近ではネコが人気です。ここでいうネコとは、ヒトに飼育されるイエネコのことです。日本におけるネコの歴史は、従来は仏教伝来時に経典をネズミの害から守るために持ち込まれたと考えられていました。しかし最近では、姫路市の見野6号墳出土の須恵器に残された動物の足跡がネコのものとされ、ヒトとネコの歴史がさらにさかのぼると考えられるようになっています。須恵器に残った動物の足跡がネコと判断された根拠の1つは、爪の痕がないことだそうです。我々の身の回りにいるイヌ科やイタチ科などの動物と異なり、ネコ科動物の特徴として、出し入れできる爪をもつことがあります。 ネコの指先 ネコは、指の間に爪が収納され、 木に登る時や獲物を捕獲する時などに出して使います。 鏡にネコは登場しませんが、同じネコ科動物のトラ(ヒョウ)やライオンがモチーフになった狻猊(さんげい)または獅子の図像はよく見られます。今回は、当館所蔵の銅鏡の中からネコ科動物の爪に注目してみましょう。 狩猟紋鏡(秦) 図71 狩猟の情景を表した鏡の中で、狩猟する人物に向かって跳躍するような姿のトラです。前足の先に爪らしい表現が認められます。 画像鏡(後漢) 図151 駆けているような姿のトラは四神の1つである白虎。前足には長い4本の爪があります。 海獣葡萄鏡(唐) 図206 背中の毛の表現が異なる2匹の狻猊。右側の 狻猊 の前足は爪がなく(収納されている?)、左側の 狻猊 は長い3本 の爪が伸びています。 鏡におけるネコ科動物の細部表現として、足の爪は必須のようです。古代中国の人々は、通常の爪を収納した状態よりも爪を出した状態、つまり戦いなどより行動的な姿に関心があったといえるでしょう。 白虎は同じ四神の青龍とともに不幸を退ける働きを有します。狻猊もまた不幸を退ける役割の霊獣が変化し、唐時代にかたちづくられたとされます。これらネコ科動物がモデルになった霊獣が長い爪を出しているのは、鏡の所有者に迫る魔物や不幸を威嚇し、取り除こうとしているようにも見えます。

兄弟の鏡

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 古代鏡展示館では、38面の海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)を所蔵しています。 海獣葡萄鏡は、葡萄唐草紋が全面に巡る中に獣の紋様を配し、周縁部にも獣や鳥、昆虫などを置いています。唐時代の7世紀を中心に流行し、数多く制作されました。そして飛鳥・奈良時代の日本にも数多くもたらされ、奈良県の正倉院や春日大社などには古くに伝来した作品が残されています。 海獣葡萄鏡は、同型鏡が多くあることでも知られています。 同型鏡とは、同じ原型から型どりして作られた複数の鋳型を使い制作された鏡です。 人間にたとえると、親が同じ子供たち、兄弟のような関係の鏡といえるでしょう。 なお、原型に完成品の銅鏡を用いることがあり、この場合「踏み返し」と呼んでいます。海獣葡萄鏡は「踏み返し」により8世紀以降の時代にも数多く制作されています。 同型鏡の概念 当館ではただ今常設展示の中で、「兄弟の鏡」と題して2組の海獣葡萄鏡を並べて展示しています。 今回はそのうちの1組を紹介しましょう。 海獣葡萄鏡 上:径13.1㎝ 重875g【216】 下:径13.2㎝ 重836g【217】 第2展示室にて展示中 2面を見比べると、地金の色や鋳造の仕上がり具合に違いがあるとはいえ、紋様の配置や個々の紋様の形態は全く同じです。直径はわずか0.1㎝の差しかありません。重さは39gの差がありますが、これは鏡面を仕上げる際に地金を磨いた度合いの差によるものでしょう。 なお、この2面の他に海外に少なくとももう1面の兄弟が存在することが確認されています。 この機会にご来館いただき、ぜひ兄弟の海獣葡萄鏡を見比べてみてください。

平安人が手にした鏡

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 平安時代を舞台としたドラマが放映されています。 少し前のことですが、ドラマの中で主人公の女性が夫から鏡をプレゼントされ、 その鏡を手にして顔を映すシーンがありました。 今回はこの鏡についてさぐってみましょう。 ちらっと映った鏡背面などから以下の情報が読み取れました。 ・径20㎝弱の円鏡である ・鏡背面の縁部が垂直に高く立ち上がっている ・鏡背面に紋様はあまり認められないが、浮き彫りの体をくねらせた動物のような図像が確認出来る ・鏡体の色は黄色あるいは茶色を呈している さらに物語の舞台は平安時代中期で、このシーンは10世紀末頃のこと。中国では唐王朝の滅亡から分裂の時代を経て北宋がが中国を統一した時代です。 鏡の縁部が垂直に立つ形状やわずかに確認できる動物のような浮き彫りの図像の形から、この鏡は 海獣葡萄鏡 (かいじゅうぶどうきょう)であると考えます。映像を見る限り、海獣葡萄鏡の鳥や昆虫が飛ぶ外区を除外し、海獣(獅子)が躍動する内区をトリミングしたようにも見えます。 海獣葡萄鏡は唐時代の7世紀中頃~8世紀前半に流行し、飛鳥・奈良時代を通して日本にも数多くもたらされました。 唐時代以降も復古的なデザインの鏡として継続して制作され、日本でも模倣して制作されます。平安時代は遣唐使廃止を経て唐の文物の流入が滞り、銅鏡も唐鏡を模しながら、図像・紋様が和式化していきます。しかし10世紀末頃はまだ唐の様式を色濃く残した鏡があっても矛盾がない時代といえます。 7世紀に制作された海獣葡萄鏡(図221)径16.6㎝ 錫の濃度は約25%で鏡体は白銅(銀)色を呈しています 鏡体が黄色あるいは茶色であるのは、銅鏡の原料である青銅(銅、錫(すず)、鉛の合金)に含まれる錫の濃度が低いことを示しています。唐時代以前の銅鏡は、海獣葡萄鏡をはじめ錫の濃度が高く銀色(白銅色)をしています。唐の全盛期を過ぎた8世紀後半以降に制作された銅鏡は錫の濃度が低くなる傾向にあり鏡体が黄色や赤銅色をしています。 唐時代より後の時代に制作されたと推定される海獣葡萄鏡 (図210)径20.6㎝ この鏡は錆に覆われていますが、地金部分は黄味がかかった色調です。化学分析によると錫の濃度は約9%でした。 また日本国内で制作された鏡も中国鏡と比較して錫の濃度が低い傾向にあります。 中国鏡の入手が困難となった時期であることを...

鏡の重さ

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 当館の銅鏡の展示は、作品をじっくりご覧いただけるように工夫しています。それでも皆様にお伝えできないのが鏡の重さ。時折見学される方から重さについて質問をいただきます。 実際に銅鏡を持って頂くことはできませんので、残念ながら重さは実感できません。 今回はお話しだけで我慢して下さい。 鋸歯縁鏡 (商 図2)径16.3cm 重さ387g 鍍金方格規矩四神鏡 (新 図123)径16.4cm 重さ624g 重列式神獣鏡 (後漢 図141)径16.6cm 重さ796g 海獣葡萄鏡 (唐 図221)径16.6cm 重さ1,162g ※いずれも現在展示中です 写真の4面の鏡は時代順に並べています。径はどれも16㎝台で銅鏡としては標準的な大きさ。 大きさはほとんど同じですが重さは全く異なります。最も古い鋸歯縁鏡は透かしが入るとはいえ、重さは重列式神獣鏡の約1/2、海獣葡萄鏡の約1/3しかありません。 写真ではわかりにくいですが、これらの鏡は厚さが異なり、そのために重さ、言い換えると使用する青銅の量に違いがあります。 まだ金属が希少だった商時代の鏡は厚さも薄いですが、時代とともに金属の採掘や精錬技術が向上します。その結果、鏡に用いる青銅の量も増加し、厚さも増していきます。 ご見学の際は鏡を上からだけでなく横方向からも観察し、厚さの違いを比較してみましょう。 方格規矩四神鏡(レプリカ) 径20.0cm 重さ約930g 当館エントランスホールには、銅鏡の重さを体験できるコーナーがあります。 青銅製のレプリカの鏡です。ぜひその重さを感じて下さい。

高松塚古墳発掘50年

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1972年、奈良県明日香村の高松塚古墳で男女の群像や四神などの極彩色壁画が発見されました。この発見から本年3月で50年を迎えました。高松塚古墳と言えばこの壁画を連想しますが、出土品の中に1面の海獣葡萄鏡がありました。 出土した海獣葡萄鏡には10面を超える同型鏡(1つの原型を型取りし、それを鋳型にして鋳造された鏡)が知られ、そのうちの1面が千石コレクションにあります。 海獣葡萄鏡 (唐 図221) (高松塚古墳同型鏡) 第2展示室にて展示中 また、別の同型鏡が出土した陝西省西安市にある 独弧思貞墓 (どっこしていぼ:唐時代の高級官僚である独弧思貞の墓)には神功2年(西暦698年)銘の墓誌が伴い、この海獣葡萄鏡の年代を示しています。 7世紀末~8世紀初め頃と推定される高松塚古墳の築造年代は、遺構や出土遺物などから導き出されたものですが、海獣葡萄鏡はこの年代を考える1つの根拠になっています。 千石コレクションの高松塚古墳同型鏡は、中国で制作され、用いられたと推定されますが、残念ながら所有者の情報は全くありません。しかし、他の同型鏡の出土例から唐の都長安付近の高貴な人物が所有していた可能性が考えられます。 展示する海獣葡萄鏡は、銀色の地金も残るほど保存状態も良好。楽園の図像とも呼ばれる紋様の細部までじっくりとご覧ください。

ああ夏休み

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梅雨が明け、8月が始まりました。 フラワーセンターでは騒がしくセミが鳴いていますが、今年は虫かごを持った子供たちの姿をみかけません。まだ夏休みが始まっていない学校も多く、地域の夏まつりや花火大会もない、フラワーセンター恒例のイルミネーションもない、静かな夏が過ぎています。 当館で数多く展示している 海獣葡萄鏡 (かいじゅうぶどうきょう)は、古代中国の人々がシルクロードの彼方にある楽園をイメージしたと考えられる鏡です。ライオンをモデルにしたおめでたい獣である海獣、ブドウ唐草、鳥などが鏡背面にぎっしり描かれています。 海獣葡萄鏡(唐 図220) よく見るとチョウ、ハチ、トンボなどの昆虫が描かれた鏡もあります。 海獣葡萄鏡(唐 図226) 中には小さくセミが描かれた鏡も。(真上からやや左に横向きに描かれています) 現代の私たちが見ると、海獣葡萄鏡にはトンボ、セミ、ブドウなど夏の魅力が凝縮されているように思えます。 海獣葡萄鏡(図220)に描かれたトンボ 紋様のうち羽根のある鳥や昆虫は、飛ぶことで天に通じ、昆虫が幼虫→サナギ→成虫と変化する姿は不死や再生を象徴する、と考えられています。一方で、隠し絵的に描かれた姿は職人の遊び心だとの説も。個人的にはこの説が好きですが。 今回紹介した鏡は、古代鏡展示館正面奥の海獣葡萄鏡コーナーで展示しています。 唐の時代に数多く制作され、日本にも持ち込まれた海獣葡萄鏡。鏡背面の紋様をしっかり観察したら、何か発見があるかもしれません。

「令和」によせて

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4月で平成の時代が終わり、5月1日に令和元年が始まりました。 新元号「令和」の出典は『万葉集』からだそうです。 西暦730年(天平2)年1月、九州は太宰府長官であった大伴旅人の邸宅で梅の花見の宴が催され、そこで披露された和歌をまとめた序文の一節「初春の 令 月にして、気淑く風 和 ぎ」から引用されています。 序文はこの後に「梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫らす」と続きます。ここでは、当時まだ珍しかった梅花の白さを鏡の前にある白粉にたとえています。 鏡は、日本では弥生時代に伝わって以降、権威の象徴や宝器としての性格を帯びていました。しかし先進的な唐の文化や文物を積極的に摂取した7世紀以降、多くの唐鏡がもたらされ、それを模した国産鏡も制作されます。唐の文物を摂取する中で貴族の装いにも変化がみられ、鏡は本来の用途である化粧道具として用いられ始めます。 唐鏡を代表する海獣葡萄鏡は、奈良県に所在する高松塚古墳(7世紀末)、杣之内(そまのうち)火葬墓(8世紀初頭)などに副葬されていました。この時代の墳墓に副葬された海獣葡萄鏡は、権威の象徴という性格ではなく被葬者の生前の愛用品だった、と考えられています。   海獣葡萄鏡  左:高松塚古墳出土鏡と同型鏡(図221)  右:杣之内火葬墓出土鏡と同型鏡(図225)  万葉集に表された鏡が海獣葡萄鏡か不明ですが、中国では盛唐の時期にあたる8世紀前半、我が国の歌人がイメージした鏡は化粧の場にあるものとして共通認識できたのでしょう。 令和の時代も当館は、鏡やそれに関連する文化について情報発信してまいります。どうぞよろしくお願いいたします。

ブドウがいっぱい

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 フラワーセンター内を歩いていると、大温室脇の木漏れ日の小道でブドウが実っているのを発見しました👀  ここ兵庫県加西市は、ブドウの産地。  市内にはブドウ畑が広がり、これからの季節、あちこちの道沿いでブドウの露店が営業をはじめます。    ところで、古代鏡展示館では、たわわに実る葡萄を いつでも ご覧いただけるのをご存じですか? 海獣葡萄鏡(図録番号225)    唐代に多く制作され、千石コレクションの中で最も数が多い 海獣葡萄鏡 は、その名称が示すとおり、異国の動物である獅子をモチーフにした「海獣」と「葡萄唐草」が主紋様のひとつになっています。  「葡萄唐草紋」は、紀元前4世紀頃にギリシャで生まれ、西アジアを経て中国へ伝わりました。当時の中国では、葡萄は大変珍しく、たくさんの実をつけることから多産と繁栄を象徴するおめでたい植物として、鏡の紋様にあしらわれていたのです。  当館では、これら 海獣葡萄鏡 をじっくりご覧いただく 夏季スポット展「海獣葡萄鏡の世界2」を、7月19日(木)から9月11日(火)まで開催 します。  この夏、涼しい展示室内で、唐代の人々が好んだ葡萄をぜひご堪能下さい!  お帰りの際は、お土産に加西産のブドウもお忘れなく☺

謎の石像

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古代鏡展示館へお越しの際、入り口の向かい側に動物の姿をした石像が1対置かれているのにお気づきでしょうか。フラワーセンターのお客様も「何?」とのぞき込みながら歩かれているのをよく目にします。 石像の正体は琉球の守護神シーサーです。フラワーセンターが開園した昭和51年、沖縄県から兵庫県へ友好の証として贈られたもの。以来40年余りフラワーセンターを見守り続けています。 ガイドブックなどでよく目にするシーサーは屋根の上にいますが、これは瓦葺きが普及した近代以降の姿。古くは城門や集落の入り口などに一対を設置し、悪霊の侵入を防ぐ役目をもっていました。 シーサーはその姿の通り獅子に由来し、さらにさかのぼると西南アジアに生息したライオンにたどりつきます。ライオンは、力の象徴として古くから美術品や紋章に表現されました。これが中国へ伝わると獅子となり、瑞獣として鏡のモチーフにも取り入れられます。当館で最も数の多い海獣葡萄鏡の主紋様である海獣も西から伝わった獅子紋の影響を受けてかたちづくられたものと考えられています。                海獣葡萄鏡(図録番号225) 中国でかたちづくられた獅子は、さらに周辺地域へ広まりました。日本では絵画や工芸品の中に様々な姿で表現され、神社の狛犬やお正月の獅子舞など日常風景にも溶け込んでいます。そして、琉球へ伝わった獅子を琉球語で表したのがシーサーでした。 6月23日は沖縄戦が終結した日。獅子の文化は大きな輪でアジアを取り巻き、そして今も私たちの周りで生き続けています。様々な獅子の姿をフラワーセンター・古代鏡展示館でご覧下さい。

セミがとまる鏡

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最近、セミが鳴き始めました。 まだまだへたくそですが、夏休みが始まるまでには、やかましくなることでしょう。 松尾芭蕉の『おくの細道』には「閑(しずか)さや 岩にしみ入(い)る 蝉(せみ)の声」という俳句が詠まれています。芭蕉が山形県の立石寺(りっしゃくじ)で詠んだこの句の「閑かさ」とは、現実の世界とは別次元の心の閑けさ、宇宙の閑かさ、なのだそうです( NHKテキスト )。 やかましいセミに向かって大声で怒鳴りたくなる私にも、そんな心のゆとりがほしいものです(心の現実逃避はよくします)。 セミの発声練習を聞きながら鏡を見ていますと、いましたいました。セミが。 海獣葡萄鏡という唐代の鏡で、チョウ、ハチ、ガ、トンボなどの昆虫が表されることが多いのですが、セミがいるのは珍しいです。 昆虫は、毛虫・芋虫-さなぎ-成虫へと変化していくので、唐代の中国人にとっては再生、不死の象徴だったようです。 特に空を飛ぶ昆虫は天にも通じるものと考えられていました。 セミも、毎年地中から湧き出すようにして現れ、幼虫が羽化、成虫へと変化し、空へ飛んでいくので、他の昆虫と同じように再生、不死、そして天に通じるものと考えたのでしょう。 これから暑い夏を迎えますが、現代のセミの声を聞きながら、約1,300年前のセミをご覧になるのも一興ではないでしょうか。 きっとそこには「心の閑かさ」が訪れることでしょう。   海獣葡萄鏡のセミ(図録226)

鏡子の『鏡通信』①「一番のおすすめ」

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古墳が大好きな「鏡子」さんに、 独自の目線で展示品の楽しみ方を紹介していただきます。 では、鏡子さん、よろしく。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 私の一番のおすすめは、海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)の紋様の中にいます。 『赤鼻のトナカイ』ならぬ、『赤鼻の海獣』さん!!! と言っても、戦う「怪獣」ではありませんが ( ^ω^) ・・・ 海獣葡萄鏡 (図録213) なんといっても、鼻が赤い! もう、それだけで十分かわいいのに、なんと笑っているではありませんか!! それもあり得ないぐらい首を上に曲げながらのカメラ目線!! かわいすぎるやろーーーーーー(≧◇≦) ある意味、最強の癒やし系。 このコに会うために、毎日仕事に来ています!って言ってもいいかも(笑) 見ればふっと笑顔になる、そんなかわいいコが展示室にはたくさんいますよ! (鏡子)

立体画像の表現力

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古代鏡展示館(加西市)には、鏡の細かな紋様を観察できるように、主な作品の画像を検索し、拡大するコーナーを設けています。 そこで表示される画像には、通常の写真以外に、X線透過画像(いわゆるレントゲン写真)や立体画像があります。 そのうち立体画像には、対象となる作品の色や光沢に左右されることなく、表面の凹凸の情報を画像化できるという特長があるので、凹凸によって紋様が表現された銅鏡を観察するには非常に有効な手段となり、作品を記録、保存することにつながります。 紋様が見やすいだけでなく、同じ原型から複数の鋳型を作成し、それぞれの鋳型から制作された同型の銅鏡を比較したり、角度を変えて紋様を観察したりできます。(現在、展示室に設置してある機械のシステムでは立体画像を拡大、縮小したり、角度を変えて観察することはできません。) それぞれの画像がもつ特長を活かすことで、細かな図像や、同型鏡の研究、作品の保存管理にも役立てることができます。   海獣葡萄鏡(図録221) 写真   同上 立体画像      立体画像 部分     同上 X線透過画像

「こいのぼり」と「羽の生えた魚」

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5月5日は子供の日、ということで、兵庫県立フラワーセンターではたくさんの鯉のぼりが空を舞っています。   それにちなんだ展示品はないかと探しましたところ、羽の生えた魚が表された銅鏡がありました(図録202)。 鏡の名前は「海獣葡萄鏡」。約1,300年前の唐の時代に制作された作品で、海外の獣と西域の葡萄が表された異国情緒満載の鏡です。羽の生えた魚は外側の区画にあり、他にも天馬、空を舞う天女、胸の筋肉が盛り上がった鬼神、首の長い鳥など、他の海獣葡萄鏡にはない13種の動物等が表現されています。 羽の生えた魚はインド神話の怪魚「摩迦羅(マカラ)」であるといわれています。マカラは大きな口に牙、翼を付けた複合獣で表され、口から吐き出す大乱流(カリパクシャ)によって世界を活性化させると信じられました。日本では、古くは藤ノ木古墳の馬具に見られるほか、仏教寺院にも描かれています。 鯉のぼりと直接関係するものではありませんが、空を舞う鯉のぼりを見て、ちょっとご紹介してみたくなりました。