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「干支 午」―2026年・令和8年/丙午(ひのえうま)の年、鏡づくりに良い年だ!?

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新年明けましておめでとうございます。2026年・令和8年の干支は「午」です。 実は、「午」と鏡づくりには密接な関係があります。 古代中国の鏡づくりを行った日について調べると、鏡の銘文に「五月丙午」と記されるものが多く、また『異聞録』という文献では唐の玄宗皇帝に献上された特別な鏡が「五月五日午時」に鋳造されたことが記されています。 当館所蔵鏡にも、以前のブログ記事で紹介した「五月五日造」と記された銘文をもつ鏡があります。 「五月五日造」の銘文(八瑞獣紋鏡〈図録195〉部分)   八瑞獣紋鏡(隋-唐/6~7世紀/当館所蔵/図録195) ある特定の日時に鏡づくりが行われているわけですが、これらに共通するのが十二支の「午」です。 そこで重視されているのは、様々な属性に対して十二支「午」が記号として配当された内容と古代中国の陰陽五行思想に基づく配当要素との関係性です。 以下に記号「午」が配当された各属性の内容を列挙してみましょう。    次に「五月五日午時」や「五月丙午」の特定日と「午」の関係性について見てみましょう。 ①月 「午」が配当された月は、旧暦の五月(新暦6月上旬~7月上旬)。 この月には日照時間が最も長い夏至が含まれ、陽の気が極まる月といえます。 ②日 五月五日は言わずと知れた「端午の節句」です。古くは五月の最初の午の日(端午)に行われた節句が、後に五日に固定されたといわれています。陰陽五行における「午」の属性配当は前掲表のとおり、陽の火性です。 ③時間 「午」に配当された時間は午の時(午の刻)、午前11時から午後13時の2時間。そしてその中央となる12時、すなわち「正午」には南の方角に太陽が高く登り、陽の気が最も強い時間といえます。 ④六十干支 そして、六十干支の「丙午(ひのえうま/ヘイゴ)」は、丙は「火の兄(ひのえ)」で、陽(兄)の火性、午は前掲のとおり同じ属性配当で、陽と火が重なっています。 以上のことから、「午」が複数重なる旧暦の「五月五日午時」や「五月丙午」は、陽の気や火の要素が最も極まるタイミングといえます。 「午」にまつわるこれらの特定の日につくられた鏡は、陽の気、火の要素を集めて鋳造されたことになります。(※1) また、そもそも、溶かした銅を流し込んでつくる鏡の鋳造自体が「火」を使う仕事です。「火」は、良い鏡づくりの肝と...

異体字銘帯鏡を読む1 5月5日によせて

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 異体字銘帯鏡(いたいじめいたいきょう)は漢字のもつ視覚的なデザインを強調した鏡。 写真の鏡の鏡背面には銘文が内外2重に巡っています。 異体字銘帯鏡(昭明鏡)  前漢 図107 企画展「漢代の人々-姿と想い-」にて展示中 このうち外側には以下の詩が記されています。 内請質 以 昭明 、 内は請(清)質にして以(もっ)て昭明なり、 光輝象 夫 日 月 。 光輝は夫(か)の日月に象(に)たり。 心忽揚 而 願忠 、 心は忽穆(こつぼく)として忠を願う、 然壅塞 而 不 泄 。 然(しか)れども壅塞(ようさい)して泄(とお)らず。 詩の内容は、主君に対する忠誠を持ちながら、その気持ちが受け入れないられない、というもの。 この詩には元ネタがあるとされています。それは長江の中流域にあった楚(そ)の国の歌謡等を集めた古代中国を代表する詩集の 『楚辞 (そじ) 』。 まず詩の形に注目すると、前半の3字(赤文字の部分)と後半の2字(青文字の部分)を「以」、「夫」、「而」の1字でつなぎ、2句目と4句目の最後の漢字は「月(getu)」と「泄(setu)」で音を揃えています。これらの特徴は『楚辞』の詩の形と共通します。 『楚辞』の中の代表作である 「離騒 (りそう) 」 をはじめ主要作品を作ったとされるのが 屈原 (くつげん)という人物、ご存じでしょうか。歴史書である『史記』によると、屈原は戦国時代の楚の王族の一人で、詩作にも優れていた人物。同僚の嫉妬から陥れられ、王から遠ざけられ、失意の中で「離騒」を作ったとされます。そして王が自分に振り返ることがないことに絶望し、紀元前278年5月5日に長江の支流に身を投げたそうです。「離騒」は、誇り高い主人公が現世で不遇な扱いを受け、安住の地を求めた天上界でも不遇が続き、さらに至高の世界へと旅する物語。屈原の人生と重なり、鏡の銘文とも通じるものがあります。 この銘文をもつ銅鏡が制作されたのは前漢時代の紀元前1世紀の半ば頃、屈原の生きた時代から100年以上過ぎています。しかし、『楚辞』の中の純粋な心を持ちながら、主君や他人に認められない悲しい気持ちは前漢時代の人々も共感を覚え、鏡の銘文として採用されたのでしょう。その後も屈原の名は、主君に対する純粋な心を持つ者として現代に至るまで受け継がれています。 屈原の死後、人々はその霊を慰めるため葉で包...

「こいのぼり」と「羽の生えた魚」

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5月5日は子供の日、ということで、兵庫県立フラワーセンターではたくさんの鯉のぼりが空を舞っています。   それにちなんだ展示品はないかと探しましたところ、羽の生えた魚が表された銅鏡がありました(図録202)。 鏡の名前は「海獣葡萄鏡」。約1,300年前の唐の時代に制作された作品で、海外の獣と西域の葡萄が表された異国情緒満載の鏡です。羽の生えた魚は外側の区画にあり、他にも天馬、空を舞う天女、胸の筋肉が盛り上がった鬼神、首の長い鳥など、他の海獣葡萄鏡にはない13種の動物等が表現されています。 羽の生えた魚はインド神話の怪魚「摩迦羅(マカラ)」であるといわれています。マカラは大きな口に牙、翼を付けた複合獣で表され、口から吐き出す大乱流(カリパクシャ)によって世界を活性化させると信じられました。日本では、古くは藤ノ木古墳の馬具に見られるほか、仏教寺院にも描かれています。 鯉のぼりと直接関係するものではありませんが、空を舞う鯉のぼりを見て、ちょっとご紹介してみたくなりました。

「五月五日造」の鏡

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「五月五日造」の鏡     現在、古代鏡展示館で展示されている鏡に「五月五日造」の文字がある鏡があります。隋~唐の時代(1,300年前)の八瑞獣紋鏡(八匹のおめでたい獣が表された鏡)なのですが、本当に五月五日に造られたのではなく、鋳造にとって縁起がよい日を記し、鏡の品質をアピールすることに目的があったようです。 五月は旧暦では夏至を含む夏、「五」は五行説(万物は5つの要素から成るという説)で火に通じることから、「五月五日」は熱・火という鋳造にとって縁起がよい日付であったようです。 兵庫県では、養父市の箕谷2号墳から「戊辰年五月」(608年か)と象嵌された鉄刀が出土しています。この「五月」についても、火を扱う鍛冶に縁起がよい日として記された可能性があります。