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蹴鞠紋鏡②-3 鏡の中の「鞠」(3)中国の鞠の表現 (宋・元・明・清)と鞠の変遷

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皆様お元気でお過ごしでしょうか? サッカーの世界大会(W杯)が始まりましたね。 ここでは、サッカーと同じくボールを蹴る球技「蹴鞠」に関連する「蹴鞠紋鏡」について引き続き見ていきたいと思います。 令和4年度夏季スポット展示『蹴鞠紋鏡 鏡の裏に“けまり”で遊ぶ』は終了いたしましたが、もう少し蹴鞠紋鏡に関連する記事にお付き合いください。 さて、前々回の記事( 蹴鞠紋鏡②-1 )で確認した、蹴鞠紋鏡の「鞠」の表現について考えるために中国での鞠の表現について、文献や絵画資料などからみていきたいと思います。 前回の記事( 蹴鞠紋鏡②-2 )では、漢時代・唐時代の中国の鞠について見てきました。 今回は、 宋・元・明・清時代の絵画資料に描かれた鞠について見ていきたいと思います。 また、中国の漢・唐時代も含めた鞠の変遷と蹴鞠紋鏡の鞠の表現の位置づけについて検討してみます。 図1 汪雲程「蹴鞠図譜」(明時代)に描かれた蹴鞠の様子 (『説郛』第101巻下所収/国立公文書館所蔵/二次利用可能画像使用) ※周囲トリミング 《注意:記事を読む前にご一読いただき、次のことをご了承ください。》 ※本来であれば絵画資料等の検討を行いつつ厳密に話をすすめていく必要がありますが、ここでは流れを把握するために大まかに事例を取り上げて、話を進めていきたいと思います。 ※また、掲載する鞠の画像については多くが模式図になっています。絵画資料のご確認は、所蔵先のデジタルアーカイブ等のHPのURLも掲載しておきますので適宜ご参照ください。ただし、このページから下記のURLに移動して発生するいかなる事態も当方は責任を負いませんので、このことをご了承のうえアクセスしてください。 目次 1.今回取り扱う資料 2.「蹴鞠紋鏡」の鞠       /●資料1 3.宋時代の鞠の表現       /●資料2/●資料3 4.「宋太祖蹴鞠図」にみる鞠の表現と元・清時代の変遷       /●参考1/●資料4/●資料5/●資料9 5.明時代の鞠の表現       /●資料6/資料7/●資料8 6.鞠表現の分類と変遷 宋・元・明・清時代       /●鞠の表現の分類 7.鞠の構成分類と変遷および蹴鞠紋鏡の鞠の表現の位置づけ      /●鞠の構成分類/●蹴鞠紋鏡の鞠の表現の位置づけと鞠の変遷 8.まとめ 本文 1.今回取り扱う資料 鞠の

色なき季節に

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 立冬を過ぎ、暦は冬へと変りましたが、まだ木々や草花が色づき、色彩豊かな秋が感じられます。 ところで、秋は色がないという言葉、ご存じでしょうか。 この言葉、平安時代の悲恋を詠んだ和歌 吹き来れば身にもしみける 秋風を色なきもの と思いけるかな   『古今和歌六帖』 に由来するそうです。 「色なきもの」から派生し、後の時代の和歌や俳句の世界では木々や草花を揺らす秋風を 素風 (そふう)、さらに情感を込めた言い方で 色無き風 とも呼ばれています。 先に示した和歌を詠んだ歌人の紀友則(きのとものり)は古代中国の 五行思想 に関する知識から「色なきもの」を発想したようです。 五行思想とは、万物は木・火・土・金・水の5つの要素で構成され、それぞれが巡り、影響し合うことで変化が起こるという考え。 季節:春・夏・土用・秋・冬 色 :青・赤・貴・白・黒 方位:東・南・中央・西・北 というようにあらゆる事象に五行思想の考え方が当てはめられ、関連づけられました。秋は色の白と結びつくことから、色がないと言ったようです。余談ながら詩人北原白秋の名もさかのぼればこの五行思想の考えに由来します。 銅鏡に表わされる四神も五行思想にもとづいており、瑞獣に白色と西の方位を配当したものが 白虎 です。 白虎 (四神十二支紋鏡 図184 隋-唐 ) 第2展示室にて展示中 県立フラワーセンターでは、紅葉や秋の花がまだ楽しめます。古代鏡展示館の作品と併せて秋の彩りをお楽しみください。

鏡の重さ

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 当館の銅鏡の展示は、作品をじっくりご覧いただけるように工夫しています。それでも皆様にお伝えできないのが鏡の重さ。時折見学される方から重さについて質問をいただきます。 実際に銅鏡を持って頂くことはできませんので、残念ながら重さは実感できません。 今回はお話しだけで我慢して下さい。 鋸歯縁鏡 (商 図2)径16.3cm 重さ387g 鍍金方格規矩四神鏡 (新 図123)径16.4cm 重さ624g 重列式神獣鏡 (後漢 図141)径16.6cm 重さ796g 海獣葡萄鏡 (唐 図221)径16.6cm 重さ1,162g ※いずれも現在展示中です 写真の4面の鏡は時代順に並べています。径はどれも16㎝台で銅鏡としては標準的な大きさ。 大きさはほとんど同じですが重さは全く異なります。最も古い鋸歯縁鏡は透かしが入るとはいえ、重さは重列式神獣鏡の約1/2、海獣葡萄鏡の約1/3しかありません。 写真ではわかりにくいですが、これらの鏡は厚さが異なり、そのために重さ、言い換えると使用する青銅の量に違いがあります。 まだ金属が希少だった商時代の鏡は厚さも薄いですが、時代とともに金属の採掘や精錬技術が向上します。その結果、鏡に用いる青銅の量も増加し、厚さも増していきます。 ご見学の際は鏡を上からだけでなく横方向からも観察し、厚さの違いを比較してみましょう。 方格規矩四神鏡(レプリカ) 径20.0cm 重さ約930g 当館エントランスホールには、銅鏡の重さを体験できるコーナーがあります。 青銅製のレプリカの鏡です。ぜひその重さを感じて下さい。

走れ 「かささぎ」

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 新しい新幹線、西九州新幹線の武雄温泉駅~長崎駅の区間が9月23日に開業します。 現在、長崎本線を走る特急「かもめ」は新幹線の列車名に昇格、そして、在来線の特急として「かささぎ」がデビューします。 「かささぎ」という名称は、佐賀県の県鳥にちなんで特急名として採用されたのでしょう。中国では、鵲(かささぎ)は七夕に天の川に橋を架けて牽牛・織女を会わせたという伝承から、男女の仲をとりもつとされ、その姿は鏡の図像や美術工芸品の意匠などにも表されています。また、日本で唯一生息する佐賀県周辺では、「カチカチ」という鳴き声から「勝ち」に通じる縁起がよい鳥とされています。 月宮双鵲銜綬龍濤紋八花鏡(唐 図290) 中央で向かい合う2羽の鳥が鵲(かささぎ) 第2展示室にて展示中 西九州新幹線は、これから東伸する計画だそうです。将来、特急「かささぎ」がどうなるかわかりませんが、縁起の良い列車名として長く親しまれるといいですね。

蹴鞠紋鏡②-2 鏡の中の「鞠」(2) 中国の鞠の表現(漢・唐)

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暑い日が続きますが、皆様お元気でお過ごしでしょうか? 8月も令和4年度夏季スポット展示『蹴鞠紋鏡 鏡の裏に“けまり”で遊ぶ』開催中です。 さて、前回の記事( 蹴鞠紋鏡②-1 )で確認した、蹴鞠紋鏡の「鞠」の表現について考えるために中国での鞠の表現について、文献や絵画資料などからみていきたいと思います。 ◆古代中国の鞠はどのようなものだったのか。漢時代・唐時代の場合 ●伝説の時代の帝王、黄帝が鞠をつくった!?  中国の蹴鞠に関する最も古い記述は、前漢時代に編まれた『史記』や『戦国策』に残されています。そこには、戦国時代(紀元前403~紀元前221年前)の斉の国の臨菑(りんし)という街(※現在の山東省)における民衆の娯楽の一つ「蹋鞠(とうきく)」として確認できます(註1)。 ただし、蹋鞠の具体的な内容はわかっておらず、使用した鞠についても不明です。 (註1) 司馬遷〈前漢〉編纂 『史記』 《蘇秦列伝》 臨菑甚富而実、其民無不吹竽鼓瑟、弾琴撃筑、闘鶏走狗、六博 蹋鞠 者。 劉向〈前漢〉編纂 『戦国策』《斉策》〈蘇秦為趙合従説斉宣王〉 臨淄甚富而実,其民無不吹竽、鼓瑟、撃筑、弾琴、闘鶏、走犬、六博、 蹹踘 者 ※「蹋」・「 蹹 」の字は「踏む」と同じ意味です。中国語の書面語(いわゆる書き言葉)では「蹴る」の意味もあります。 ※漢文は『中國哲學書電子化計劃』のホームページ( http://ctext.org )を参考にして、可能な限り影印本等を確認し、繁体字・簡体字の漢字を日本語に修正のうえ掲載しました。以下註同じ。 しかしながら、それよりも古い伝説の時代の最初の帝王である黄帝(こうてい)(図1)が「鞠」をつくったという記述も実は残っています。 図1 展示館所蔵の重列式神獣鏡(図録143)にみえる黄帝像 長沙馬王堆三号漢墓(前漢時代・紀元前2世紀)から出土した帛書(はくしょ/絹布に書かれた書)に記された「黄帝書(黄帝四経)」《十大經 正乱》には黄帝のエピソードに関する記述があります。 そこでは、黄帝と蚩尤(しゆう)(図2)との戦争において、黄帝が自ら蚩尤と遇って生け捕りにし、その胃を充たして鞠を作り、人がそれを使用したと記されています(註2)。 (註2) 『長沙馬王堆三号漢墓出土的帛書』(前漢時代・紀元前2世紀) 「黄帝書 (黄帝四経)」 《十大経 正乱》 戦盈哉,太山之稽曰

蹴鞠紋鏡②-1 鏡の中の「鞠」(1)鞠の表現

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 暑い日が続いていますが、皆様お元気でお過ごしでしょうか。  8月も令和4年度夏季スポット展示『蹴鞠紋鏡 鏡の裏に“けまり”で遊ぶ』開催中です。  今回は、蹴鞠紋鏡に表された「鞠」についてさらにスポットを当てて、中国の鞠についてみていきたいと思います。 ◆蹴鞠紋鏡の鞠の表現  本鏡の鞠は、蹴鞠に興じる男女の間で、女性の蹴り上げた足先に表されています(図1)。 図1 蹴鞠紋鏡に表された鞠を蹴る女性像  鞠の表現を見ると、鞠は球形で、その表面には、中央部に円、そこから放射状に伸びる5本の棒線が凹線で表現されているのが確認できます(図2)。 ※前回の記事で取り上げた他の類例の写真を見る限り、FIFA Museum所蔵鏡では5本の凹線は見えますが、中国国家博物館・湖南省博物館所蔵鏡については摩耗により不明瞭なため確認できず、表現があったのか不明です。 図2 蹴鞠紋鏡の鞠の表現  これらの凹線は鞠に用いられた部品の継ぎ目、おそらく革製のパネルの継ぎ目を表しているとみられます。反対側も同様の継ぎ目があるとすれば、球体部は5枚接ぎの舟形多円錐のパネルとそれらの両端を留める円形パネル2枚の合計7枚の部品を組み合わせて作る、紙風船のような球形の鞠が推測されます(図3)。 図3 鞠の球体部の部品推測展開図  では、蹴鞠紋鏡の鞠の表現は、中国の鞠のなかでどのように位置付けられるでしょうか?    次回の更新では、はじめに古代中国の鞠がどのようなものだったのかみていきたいと思います。  夏季スポット展示「蹴鞠紋鏡」は9月11日(火)まで開催中です。(※水曜日休館)  是非この期間に実物をご覧下さい。(K)

蹴鞠紋鏡①  他にもあった蹴鞠紋鏡

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みなさんお元気でお過ごしでしょうか? 現在、古代鏡展示館では、 令和4年夏季スポット展示『蹴鞠紋鏡 鏡の裏に“けまり”で遊ぶ』が開催中 です。 当館で展示している古代鏡の裏面には、神仙世界などが表された神獣鏡や、西アジアの楽園が描かれた海獣葡萄鏡など、今では非現実的な想像上の世界が表されたものが多くあります。 その中で、今回展示する 「蹴鞠紋鏡(しゅうきくもんきょう)」 は、園庭で蹴鞠をして遊ぶ男女の情景が表されており、これまで展示中の他の鏡とは趣向の違った、世俗的で現実的なモチーフが取り扱われています。 蹴鞠紋鏡(古代鏡展示館所蔵) 〈唐時代末~宋時代/直径15.1cm〉 今回のスポット展示にあたって「蹴鞠紋鏡」を調べていく中で、いくつか類例(同様のモチーフの鏡)があることがわかりました。 現在確認できる類例は、中国にある中国国家博物館、湖南省博物館、そしてスイスにあるFIFA Museumに所蔵されています。 以下に各博物館の蹴鞠紋鏡が紹介されているウェブサイトのURLを載せておきます。 ●中国国家博物館(※2022年7月閲覧) http://www.chnmuseum.cn/zp/zpml/csp/202008/t20200826_247464.shtml ●湖南省博物館(※2022年7月閲覧) http://www.hnmuseum.com/en/zuixintuijie/bronze-mirror-football-design ●FIFA Museum(※2022年7月閲覧) https://www.fifamuseum.com/files/upload/editorials/07_Cuju/02_How_the_game_was_played/FWFM_1674_front.png 湖南省博物館所蔵の蹴鞠紋鏡模式図 描かれた紋様を比較すると、当館所蔵の鏡はFIFA Museum所蔵品と同一の紋様です。 中国国家博物館と湖南省博物館の鏡については、人物や背景となる園庭の庭石や柵などの配置はほぼ同じですが、それぞれの細部表現が異なり、また背景の草の表現や配置にも違いがあります。 また、鏡面の面径も当館所蔵品は15.1cmであるのに対し、中国国家博物館、湖南省博物館の所蔵品は11cmと約4cm小さくなっています。 このような違いが、時期差なのか具体的にどのよ

令和4年度 夏季スポット展示『蹴鞠紋鏡』がはじまりました。

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7月に入って暑い気候が続きますが、みなさんお元気でお過ごしでしょうか? 今年の夏のスポット展示は、 「蹴鞠紋鏡(しゅうきくもんきょう)」 を展示します。 令和2年度に新たに寄贈された千石コレクションのひとつで、今回が初のお披露目となります。 蹴鞠紋鏡は、男女が 園庭で蹴鞠(しゅうきく)をして遊ぶ情景が鏡の裏面に表されています。 左側の女性が鞠を蹴り上げて、右側の男性がそれを待ち構える様子がうかがえます。 ちなみに中国語の「蹴鞠」は、ピンインで「cùjú」と読み、英語では「Cuju」と表されます。 蹴鞠紋鏡(しゅうきくもんきょう)〈 古代鏡展示館所蔵〉 時期:唐時代末~宋時代( 10 世紀~ 13 世紀)、直径 15.1cm 〈上:写真、下:模式図〉 日本の蹴鞠 (しゅうきく/けまり) は、複数の人が鞠を蹴り上げて、手を使わずに次々と蹴り渡していく球技といったイメージがあると思います。 下の画像に 平安時代末期の蹴鞠の様子がわかる『年中行事絵巻』の一部分を抜粋しました。 蹴り上げられた鞠が画面右上に見え、木々に囲まれてそれを見上げる公家達の様子が描かれています。 ※奇しくもちょうどこの記事の作成時点に、鎌倉幕府執権の北条義時を主役とした 2022年 大河ドラマの第27回の放送では、当時の皇族や公家、武家達が蹴鞠に興じている様子が表されていました。これを参考にすると当時の様子がイメージしやすいかもしれません。 『年中行事絵巻』〈14軸の部分〉に見える蹴鞠の様子 (出典:国立国会図書館デジタルコレクション) ※平安時代末期に描かれた『年中行事絵巻』の 江戸時代後期の写し。 「蹴鞠紋鏡」と『年中行事絵巻』に描かれた蹴鞠は、近い時期のそれぞれの状況が表されているとみられますが、 どうやら鏡に描かれた中国の蹴鞠の様子は、日本と少し違うようです。   今回の展示では、実物の鏡とともに中国の蹴鞠について紹介しています。 日本の蹴鞠との関係について新たな発見があるかもしれません。     展示期間は、令和4年7月 21 日(木)~9月 11 日(日)(水曜日休館) です。   是非、この機会にご覧下さい。 (K)

名車と名馬

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6月4・5日の2日間、兵庫県内各地を約100台のクラシックスポーツカーが巡る「コッパディ姫路2022」が開催されました。 2日目の6月5日、お昼頃にはフラワーセンターに立ち寄り。当館前などに往年の名車がずらりと並びました。 当館前を駆け抜けるポルシェ 名車ポルシェも多数エントリー。そのエンブレムには跳ねる馬が描かれています。ポルシェのエンブレムは、会社が所在する市の紋章に由来するそうですが、車の発明以前、素早く移動する手段として長い間用いられた馬はスポーツカーのエンブレムに相応しいと思います。馬はまた軍事、物流などでも古くから人間と深い関わりを持つ動物でした。 今回はスポーツカーにちなんで、馬と古代中国人との関わりを紹介しましょう。 2000年以上前の漢の時代、北方の異民族と戦いを繰り広げていましたが、馬術に優れた異民族が操る馬には太刀打ちできませんでした。当時の中国在来の馬は小柄で足も短く、運動性に劣っていたのです。そこで戦いに勝利するため、名馬の産地である中央アジアから苦心して馬を調達しました。 サラブレッドの祖先でもある中央アジア産の馬。中でも体躯に優れ、俊敏な名馬は天馬にもなぞらえられました。 褐釉馬俑(唐)高さ78.0㎝ 第2展示室にて展示中 約1300年前の唐の時代、平和と豊かさを享受する貴族は名馬を飼育し、男性のみならず女性も乗馬を楽しみました。狩猟など馬を用いたスポーツもさかんに行われました。 馬を愛でる貴族の姿は、現代のスポーツカーに愛情を注ぐ愛好者とも共通しているのかもしれません。 加彩騎馬狩猟俑(唐)高さ45.2㎝ (千石唯司氏所蔵品) 第2展示室にて展示中