平安人が手にした鏡

 平安時代を舞台としたドラマが放映されています。

少し前のことですが、ドラマの中で主人公の女性が夫から鏡をプレゼントされ、

その鏡を手にして顔を映すシーンがありました。

今回はこの鏡についてさぐってみましょう。


ちらっと映った鏡背面などから以下の情報が読み取れました。

・径20㎝弱の円鏡である

・鏡背面の縁部が垂直に高く立ち上がっている

・鏡背面に紋様はあまり認められないが、浮き彫りの体をくねらせた動物のような図像が確認出来る

・鏡体の色は黄色あるいは茶色を呈している


さらに物語の舞台は平安時代中期で、このシーンは10世紀末頃のこと。中国では唐王朝の滅亡から分裂の時代を経て北宋がが中国を統一した時代です。


鏡の縁部が垂直に立つ形状やわずかに確認できる動物のような浮き彫りの図像の形から、この鏡は海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)であると考えます。映像を見る限り、海獣葡萄鏡の鳥や昆虫が飛ぶ外区を除外し、海獣(獅子)が躍動する内区をトリミングしたようにも見えます。

海獣葡萄鏡は唐時代の7世紀中頃~8世紀前半に流行し、飛鳥・奈良時代を通して日本にも数多くもたらされました。

唐時代以降も復古的なデザインの鏡として継続して制作され、日本でも模倣して制作されます。平安時代は遣唐使廃止を経て唐の文物の流入が滞り、銅鏡も唐鏡を模しながら、図像・紋様が和式化していきます。しかし10世紀末頃はまだ唐の様式を色濃く残した鏡があっても矛盾がない時代といえます。


7世紀に制作された海獣葡萄鏡(図221)径16.6㎝
錫の濃度は約25%で鏡体は白銅(銀)色を呈しています


鏡体が黄色あるいは茶色であるのは、銅鏡の原料である青銅(銅、錫(すず)、鉛の合金)に含まれる錫の濃度が低いことを示しています。唐時代以前の銅鏡は、海獣葡萄鏡をはじめ錫の濃度が高く銀色(白銅色)をしています。唐の全盛期を過ぎた8世紀後半以降に制作された銅鏡は錫の濃度が低くなる傾向にあり鏡体が黄色や赤銅色をしています。

唐時代より後の時代に制作されたと推定される海獣葡萄鏡
(図210)径20.6㎝

この鏡は錆に覆われていますが、地金部分は黄味がかかった色調です。化学分析によると錫の濃度は約9%でした。

また日本国内で制作された鏡も中国鏡と比較して錫の濃度が低い傾向にあります。

中国鏡の入手が困難となった時期であることを考えると、中国鏡を模倣して日本国内で制作した鏡である可能性が高いでしょう。

仮にこの鏡が国産の場合、径20㎝弱のサイズはこの時代の鏡としては大型のものといえます。主人公が手にして顔を映しているのがわかりやすいよう演出上誇張されているのかもしれません。


参考文献

兵庫県立考古博物館 千石コレクション調査研究委員会 日鉄テクノロジー株式会社編

『千石コレクションの科学的研究 成果報告書-中国古代銅鏡の成分分析を中心として-』日鉄テクノロジー株式会社 2021年