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紺綬褒章受章のお祝い

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古代中国鏡を中心とする千石コレクションを兵庫県にご寄贈いただいた功績により、千石唯司氏が紺綬褒章を授与され、10月17日、県立考古博物館和田晴吾館長が伝達にうかがいました。
紺綬褒章は、「公益のために私財を寄附し、功績顕著なる者」に授与されるもので、千石氏の授与は2回目となります。

和田晴吾館長(左)から章記を受け取る千石唯司氏

カササギ

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猛暑の夏が去り、季節は秋。夜空を見るのによい季節になりました。夜空の天頂近くにはベガ、アルタイル、デネブの3星で構成される「夏の大三角」がまだよく見えます。このうちベガとアルタイルは七夕伝説の織女(織姫)と牽牛(彦星)にあたり、その間に天の川が広がっています。
昨年もブログに登場しましたが、月宮双鵲龍濤紋八花鏡は七夕伝説に関連する鏡です。
月宮双鵲龍濤紋八花鏡(唐:図録番号290)
鈕の左右で綬をくわえる鵲(カササギ)は、七夕の夜に天の川に橋を架け織女と牽牛の間を取り持ったことから、男女の仲をとりもつ瑞鳥(おめでたい鳥)とも言われています。

ところで、カササギは、ヨーロッパから東アジアまで北半球に広く生息する鳥ですが、もともと日本にはいなかったそうで、『魏志倭人伝』には日本にいない鳥獣の1つとして記載があります。
奈良時代初頭に編纂された『播磨国風土記』には、讃容郡中川の里(現兵庫県佐用郡佐用町末廣付近)の船引山に「鵲住めり」とあり、日本における生息についての最古の記録です。「韓國の烏」と記されているのですが、実際のカササギと生態が異なること、奈良時代に「鵲」をどう読んでいたのかが明らかでないことから別の鳥である可能性があり、古代の兵庫県にカササギがいた!と断言できないのは残念です。
日本で生息が確認できるのは近世の初め頃。朝鮮半島から北部九州へ人間が連れてきたとも、海を渡って飛んできたとも言われていますが、はっきりしたことはわかっていません。謎多きカササギですが、中国や韓国では瑞鳥として今日も親しまれています。日本の主な生息地である佐賀県では「カチガラス」とも呼ばれ「勝ち」に通じる縁起の良い鳥とされています。もし、旅行などで佐賀県へ行く機会があり、長い尾で腹や羽根の先端が白い鳥がいたら、カササギかもしれません。見つけたらなにか良いことがあるかもしれませんよ。

月宮双鵲龍濤紋八花鏡は9月14日(金)開幕の秋季企画展「唐王朝の彩り 宮廷の栄華をうつす金銀銅」にて展示します。ぜひご覧下さい。 


開幕にむけて

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9月14日(金)から秋季企画展「唐王朝の彩り-宮廷の栄華をうつす金銀銅-」が開幕します。
それにともない、本日は展示替えのため臨時休館。休館中の展示室では、明日にむけての展示替えが大詰めを迎えています。 小さな展示室ですが、今回ほど大規模な展示替えは初めてです。

作業の様子を少しご紹介しましょう☺
11日まで展示していた銅鏡は、きれいに撤収しました。







秋季企画展のパネルを設置中です。 展示品配置の瞬間、緊張します!






ひとりでも多くのお客様に、小さな作品たちの 繊細な技巧と彩りを観ていただきたい・・・ 微調整を繰り返して仕上げていきます。






明日から開幕の秋季企画展、どうぞ皆様お楽しみに。

◆担当学芸員おすすめの逸品◆ 頸のくびれた小壺に短い足がつき、宝珠形のつまみの蓋がのる。全面に草花や、その中を走るイノシシやウサギ、鹿が描かれ、繊細な魚々子紋で埋める。 金色に浮き上がる紋様と黒い地肌の対比が鮮やか。 銀鍍金禽獣草花紋三足壺(鍑)  唐  高5.9cm 胴径5.8cm








知音

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先日、兵庫県立北条高校2年生の皆さんに見学いただきました。展示している鍍金同向式神獣鏡を見て「鍾子期(しょうしき)がいる!」と喚声をあげる生徒さん。

鍍金同向式神獣鏡(図録番号146)
中央が伯牙。左側が鍾子期、右側は侍者と考えられている
鍾子期は神獣鏡に登場する神仙の中では脇役的存在なのに、なぜ知っているの?とこちらもびっくり。先生に伺うと漢文の授業で「知音」(ちいん)を習ったから、とのことで納得しました。

鍾子期は、琴の名手である伯牙(はくが)と一組の図像として表され、陰陽の調和を助けるために琴を弾く伯牙の傍らで耳を傾けています。鍾子期は伯牙が演奏中に思い描いたことを悟ることができたそうで、伯牙のよき理解者として親しく交際していました。鍾子期が亡くなると、伯牙は演奏するに値する人がいなくなったと悲しみ、琴を壊して二度と手にすることはありませんでした。
この故事に由来して、「知音」とは、よく心を知り合っている人や親友のことを意味します。(『広辞苑』より)

高校生の皆さん、鏡の中には皆さんご存じの物語が表現されたものもあります。「知音」のようなきっかけで古代鏡に親しんでもらえれば、スタッフとしても嬉しいです。
フラワーセンター、古代鏡展示館ともに高校生以下は入園・入館料無料です。ぜひお友達と一緒にお越し下さい。

ブドウがいっぱい

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フラワーセンター内を歩いていると、大温室脇の木漏れ日の小道でブドウが実っているのを発見しました👀


 ここ兵庫県加西市は、ブドウの産地。
 市内にはブドウ畑が広がり、これからの季節、あちこちの道沿いでブドウの露店が営業をはじめます。

 ところで、古代鏡展示館では、たわわに実る葡萄を いつでも ご覧いただけるのをご存じですか?
海獣葡萄鏡(図録番号225)
 唐代に多く制作され、千石コレクションの中で最も数が多い海獣葡萄鏡は、その名称が示すとおり、異国の動物である獅子をモチーフにした「海獣」と「葡萄唐草」が主紋様のひとつになっています。

 「葡萄唐草紋」は、紀元前4世紀頃にギリシャで生まれ、西アジアを経て中国へ伝わりました。当時の中国では、葡萄は大変珍しく、たくさんの実をつけることから多産と繁栄を象徴するおめでたい植物として、鏡の紋様にあしらわれていたのです。

 当館では、これら海獣葡萄鏡をじっくりご覧いただく夏季スポット展「海獣葡萄鏡の世界2」を、7月19日(木)から9月11日(火)まで開催します。

 この夏、涼しい展示室内で、唐代の人々が好んだ葡萄をぜひご堪能下さい!


 お帰りの際は、お土産に加西産のブドウもお忘れなく☺




本日はお日柄もよく

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関東では例年より早く6月で梅雨明けしましたが、全国的には梅雨まっただ中、湿度も高く1年の中でも過ごし辛い時期です。しかしヨーロッパの6月は気候が穏やかで、ジューンブライド(6月の花嫁)の季節。この時期に結婚したカップルは幸せになると信じられています。(諸説あります)
結婚式といえば、「本日はお日柄もよく・・・」とお馴染みの挨拶のように大安吉日を選んで婚礼を行うのが当たり前でした。
古代中国でも吉日を選んで結婚式の日取りを決めていたことがわかる鏡があります。

画像鏡(後漢 図録番号146)と「良時日衆大富」の銘 画像鏡の外圏の銘帯には、「良時日衆大富」(時日良ければ、家は大いに富まん)と記されています。「吉日を選び、この鏡を用いて婚礼を行えば、新郎新婦のご両家は富み栄ます」という意味。吉凶の巡りは宇宙の法則によるので、その法則に従い婚礼の日取りを決めれば新郎新婦ご両家に幸福が訪れるという効能書です。効能を信じて、この鏡を手に結婚したカップルの未来はどうだったのか気になります。
今回紹介した鏡は、企画展「吉祥の図像 鏡に表された願い」で展示中です。

ところで、この鏡、当初は西王母と東王父の図像があったことが銘からわかるのですが、出土時に破損し西王母の像があるべき部分が失われ、樹脂で修復されています。一見するとオリジナルの部分と区別ができない巧みな修復の痕跡もご自身の目で確かめてみて下さい。
画像鏡(図録番号146)X線写真 右上が東王父の図像、黒い部分が欠損し補修した箇所

顔出しパネルの登場です

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昨年に引き続き、今年も作成しました。
古代鏡展示館オリジナルの顔出しパネルが登場です💃


今回は、現在開催中の企画展「吉祥の図像」より、不死を司る女性神の西王母(せいおうぼ)と相対する男性神の東王父(とうおうふ)をモデルとしました。【重列式神獣鏡より】 足元に描かれた青龍と白虎は、協力して不幸を取り除くとされています。【画像鏡より】

ご来館の際は、ぜひこのパネルで記念撮影をどうぞ!

平成30年7月17日(火)まで古代鏡展示館前に設置しています。
なお、モデルとなった神々が表された鏡は館内にて展示中です。

皆様のステキな顔出しを、心よりお待ちしています☺

謎の石像

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古代鏡展示館へお越しの際、入り口の向かい側に動物の姿をした石像が1対置かれているのにお気づきでしょうか。フラワーセンターのお客様も「何?」とのぞき込みながら歩かれているのをよく目にします。

石像の正体は琉球の守護神シーサーです。フラワーセンターが開園した昭和51年、沖縄県から兵庫県へ友好の証として贈られたもの。以来40年余りフラワーセンターを見守り続けています。
ガイドブックなどでよく目にするシーサーは屋根の上にいますが、これは瓦葺きが普及した近代以降の姿。古くは城門や集落の入り口などに一対を設置し、悪霊の侵入を防ぐ役目をもっていました。
シーサーはその姿の通り獅子に由来し、さらにさかのぼると西南アジアに生息したライオンにたどりつきます。ライオンは、力の象徴として古くから美術品や紋章に表現されました。これが中国へ伝わると獅子となり、瑞獣として鏡のモチーフにも取り入れられます。当館で最も数の多い海獣葡萄鏡の主紋様である海獣も西から伝わった獅子紋の影響を受けてかたちづくられたものと考えられています。

               海獣葡萄鏡(図録番号225)

中国でかたちづくられた獅子は、さらに周辺地域へ広まりました。日本では絵画や工芸品の中に様々な姿で表現され、神社の狛犬やお正月の獅子舞など日常風景にも溶け込んでいます。そして、琉球へ伝わった獅子を琉球語で表したのがシーサーでした。

6月23日は沖縄戦が終結した日。獅子の文化は大きな輪でアジアを取り巻き、そして今も私たちの周りで生き続けています。様々な獅子の姿をフラワーセンター・古代鏡展示館でご覧下さい。


企画展「吉祥の図像」開催中です

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古代鏡展示館ファンの皆様、ブログがしばらく途絶えていましたこと、お詫びいたします。

今回は、遅ればせながら、春季企画展「吉祥の図像 鏡に表された願い」開催のご案内。
見学の方から「吉祥」ってどういう意味?、どう読むの?というご質問をいただきます。
わかりにくいタイトルは良くないなと担当者は少し反省・・・
「吉祥」は「きっしょう」と読み、この上もなく吉なこと、よい前兆という意味です。(『広辞苑』より)
この企画展では、漢の時代(約2000年前)を中心に、この鏡を手にすれば幸せ間違いなし、という鏡を13面展示しています。神々の図像とともに人々の幸福への願いが表された銘文も紹介しています。
企画展「吉祥の図像」は9月11日(火)まで。会期も半ばを迎えようとしていますが、6月からは関連するイベントも毎月行われます。
ぜひ、ご来館下さい。



女と男と鏡② あの世での再会<後漢・隋>

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前回、鏡が結婚の際に用いられたことを示す具体例を紹介しました。

今回は、めでたく夫婦となった、その後の話です。

-1-
589年、中国南朝の陳という国が隋に滅ぼされた時、徐徳言という人が妻に言いました。

「国が亡んだ後、あなたは敵に捕らわれてしまうだろうが、縁あれば再会できよう。
その時のために・・・」

徐徳言はそう言うと、鏡を二つに割り、一つを妻に渡し、残りの一つを自分が持ち、再会して元に戻すことができるよう、誓いをたてました。
(猛棨『本事詩』情感篇より)

結局、この二人は鏡のおかげで無事に再会を果たしました。
こうしたお話から、鏡は男女、夫婦の愛情のシンボルとされていたことがわかります。

今でも夫婦の別れを「破鏡」、そして再会することを、割れた鏡が再び円の形にもどることから「破鏡重円(はきょう ちょうえん・はきょう じょうえん)」といいます。
こうした言葉は、鏡が愛情のシンボルとして特別な役割をもっていることを反映しています。

ー2ー
「破鏡重円」の具体的な様子が、発掘調査で確認されています。
それは洛陽市の焼溝漢墓(しょうこうかんぼ)群38号墓の発掘成果です。

38号墓(後漢代)には3人の人が葬られていましたが、そのうちの2人の傍らに二つに割られた鏡がそれぞれ置かれていました。

洛陽焼溝漢墓群38号墓
(参考文献①より引用、一部改変)
あの世での再会を誓ったのかも知れませんが、少々問題なのがその鏡を持っていた2人の関係です。

主室に並んで埋葬されている2人が夫婦(または夫と第1夫人)とすれば、男性が再会を誓ったのは妻(または第1夫人)ではなく、副室に埋葬された方(第2夫人?)になってしまいます。

発掘調査は当時の鏡文化を知る重要な手がかりを私たちに与えてくれますが、時には他人の秘密を暴いてしまう、ちょっと残酷な側面もあるようです。

ー3ー
せっかくの誓いの証である「破鏡」も、不義理を犯してしまうと、とんでもない行動にでてしまいます。

むかし、ある夫婦が離ればなれになる際、鏡を2つに割り、その破鏡を夫婦で一つずつ持ち合う「破鏡重円」の誓いをたてました。
ところが、妻が別の男と浮気をしてしまいます。すると、妻の持つ破鏡が鵲(カササギ)という鳥になって夫の前に飛んでいき、なんと、妻の浮気を夫に告げ口してしまうのです。
※『神異経』(『御覧』717所収)(前漢か。六朝…