「鸞驚影見」と双鳳紋鏡
みなさまお元気でおすごしでしょうか?
今回取り上げたいのは、当館所蔵の「瑞花対獣紋鏡(ずいかついじゅうもんきょう)」(写真1)の銘文に記されたワンフレーズ、「鸞驚影見」についてです。
◆鏡の銘文「鸞驚影見」
| 写真1 瑞花対獣紋鏡(ずいかついじゅうもんきょう) 図録193※/隋-唐/6~7世紀 |
※図録番号は、当館図録(兵庫県立考古博物館2017)の掲載番号。以下同じ。
内区の主紋様には、2体一対の龍と2羽一対の鳳凰、2頭一対の獅子2組がそれぞれ鈕(ちゅう)を挟んで対置されています。龍と鳳凰は首を交差して絡めた様子、2頭の獅子は闘争する様子が表されています。外区には楷書の銘文が巡っています。
そして、鏡の銘文には次のように記されています。
「盤龍麗匣、鳳舞新臺。鸞驚影見、日曜花開。團疑璧轉、月似輪廻。端形鑒遠、膽照光来。」
難しいので間違っているかもしれませんが、試しに書き下してみます。
「盤龍(ばんりゅう)は麗匣(れいこう)にありて、鳳は新臺(しんだい)に舞う。鸞(らん)は影の見(あら)はるるに驚き、日は曜(かがや)きて花開く。團(まる)きこと璧轉(へきてん)を疑ひ,月の輪廻するに似たり。端形は遠くを鑒(かんが)み,膽(とう)を照らして光来たる。」
銘文は、鏡の紋様や精巧さ、そしてその機能性や神秘性を比喩的に称えるような内容になっています。
鏡の紋様には銘文に「盤龍」や「鳳」の文字があるとおり、龍や鳳凰とみられる鳥の姿などが認められますが、残念ながら獅子については銘文には特に記されておらず、鏡に表される紋様と銘文は完全に合致はしていません。
見えにくいですが、銘文「鸞驚影見」の部分の写真とX線画像を次に示しておきます。
| 写真1ー1 銘文「鸞驚影見」部分 瑞花対獣紋鏡(ずいかついじゅうもんきょう)図録193〈部分〉 |
| 写真1ー2 銘文「鸞驚影見」部分エックス線画像 瑞花対獣紋鏡(ずいかついじゅうもんきょう)図録193〈部分〉 ※銘文部分画像の明度・コントラスト調整。ゴシック体黒文字筆者加筆。 |
注目する「鸞驚影見」については、
「鸞(らん)は驚きて影を見(あら)はし」(鸞は驚いて姿を現し)
と読み下しもできそうですが、いずれにしても「鸞」は何らかの影・姿に対して驚いているわけです。
一体、何に対して驚いているのでしょうか?
◆鸞とは
その前に、「鸞(らん)」とは何か、簡単に記述しておきます。
鸞は古代中国の想像上の霊鳥で、「鸞鳥(らんちょう)」と表記されることもあります。また、鳳凰の一種や、鳳凰の雛とする説などもあり、「鸞鳳(らんぽう)」や「鸞凰(らんおう)」・「鸞皇(らんおう)」のように一緒に表記されることもあります。
古代中国の地理書『山海経(せんがいきょう)』〈西山経〉(西次二経/女牀之山)には、次のように鸞について記されています。
「鳥有り。其の状は翟(てき)の如くにして、五采(ごさい)の文あり。名づけて鸞鳥(らんちょう)と曰ふ。見(あらは)るれば則ち天下安寧なり。」
※原文引用:前野直彬1975『全釈漢文大系33 山海経・列仙伝』集英社
《通釈》鳥がいる。その鳥の形は翟(てき※雉の一種)のようで、五色の模様がある。鸞鳥と名付けられる。出現すると天下安寧になる。
『山海経』では、「五采文」や「見則天下安寧」という鸞の特性は、「鳳皇」にも同様のことが記されています。
鸞は、鳳凰と同じく、現れると天下が安寧になるという瑞鳥になります。
そんな鸞が「驚く」のはどういうことでしょうか?
◆悲しき鸞
実は、「鸞驚影見」のフレーズの由来と考えられる故事が、『異苑(いえん)』という六朝の宋時代(420年~479年)に劉敬叔(りゅうけいしゅく)が著した志怪(しかい)小説集(※)にみられます。(※魏晋南北朝時代の奇怪な、不思議な短いエピソードを集めた記録集)
以下に関連部分の内容の意訳を示します。
【意訳】:罽賓(けいひん)国王が一羽の鸞(らん)を買い求めた。鳴かせようとして様々な手を尽くしても鳴かず、王はますます悲しみ、三年経っても鳴かなかった。王妃が言った。「鸞は同類を見れば鳴くと言います。鏡を吊るして映してみませんか?」王がその言葉に従うと、鸞は自らの影を見て悲しみの声をあげ、天にむかって飛び上がり、そのまま絶えてしまった。
『異苑』《巻三》(https://ctext.org/wiki.pl?if=gb&chapter=817906&remap=gb#p3)20260124確認
つまり、飼われていた鸞は、鏡に映った自分の「影」=姿に、仲間の姿を見て悲しく鳴いて飛び上がり、亡くなってしまった、という話(※)です。
(※同様の話は詩人・范泰(はんたい)が著した『鸞鳥詩序』(らんちょうしじょ)にもみられます。)
この話の中では鳳凰に似た瑞鳥の鸞は、かなり現実の鳥のように表されている印象を受けます。
この話を踏まえて鏡の銘文「鸞驚影見」のフレーズを考えてみると、鸞は鏡に映った自分の姿をみて驚いたと読み解くことができるのではないでしょうか。
この考えが許されるのならば、鸞という瑞鳥の吉祥性を表すとともに、『異苑』の悲しい鸞の故事にかけて鏡の映りの良さを称えるフレーズといえます。
鏡に映った自分の姿が認識できるくらいの鏡の映りの良さがあった結果、驚いて亡くなってしまう。
鸞が抱いた悲しみには、自分の置かれた境遇に対するものもあったかもしれませんが、それ以上に同類の相手に対する想いは、それほどまでに強かったのではと想像させられます。
そして、久保智康さんの研究によれば、この『異苑』の悲しい鸞の故事により、「鸞鏡という語が友や男女が相手を想うことを象徴するようになり、鸞を鋳出した鏡をも表現するようになった」とされます(久保2003)。
鸞が表された鏡「鸞鏡(らんきょう)」に友や愛する相手へのそれだけの強い想いが込められたからこそ、逆に「鸞鏡」という語がその想いを象徴して比喩する言葉になったとも考えられるかもしれません。
◆鸞鏡(らんきょう)
「鸞鏡」という言葉について、唐時代の詩には具体的に双鸞鏡の意匠をも読み込まれたとされます(久保2003)。
「双鸞鏡」、つまり2羽の「鸞」の図像が表された鏡のことですが、現代の中国の銅鏡研究(孔・劉1984・1991など)でも、唐鏡の鳳凰の紋様に「鸞」・「鸞鳥」の呼称が与えられることがあります。
当館所蔵鏡でいうと、たとえば双獣双鳳紋八稜鏡(写真2)や双鳳瑞花紋八花鏡(写真3)のような、鏡に表された2羽の鳳凰の姿には、「鸞鳥」や「双鸞」といったような名称が使用されています。
つまり、「双鸞鏡」は、当館の鏡で言うところの2羽の鳳凰の図像が施された鏡、「双鳳紋鏡(そうほうもんきょう)」にあたります。
| 写真2 双獣双鳳紋八稜鏡(そうじゅうそうほうもんはちりょうきょう) 図録269/唐/8世紀 |
| 写真3 双鳳瑞花紋八花鏡(そうほうずいかもんはっかきょう) 図録272/唐/8世紀 |
ただし、鳳凰と鸞の図像の区別は簡単ではなさそうです・・・。
なお、鳳凰(鸞)を表した唐時代の鏡は日本にも舶載され、これを原型に日本でも複製・模倣されて、系譜をひいた鏡が展開していきます。また、古代・中世の日本では、教養のひとつとして唐時代の漢詩が参照されるなかで、「鸞鏡」という言葉はしばしば用いられ、具体的な鏡の呼称としてだけでなく、別れた夫婦あるいは恋人への想いを鸞に重ね合わせるという、中国と同様の鸞鏡への意識も伝わっていたとされています(久保2003)。
◆2羽の鳳凰(鸞)の紋様
古代中国の辞書・字書の『説文解字(せつもんかいじ)』や『爾雅(じが)』にみられるように、鳳凰は「鳳」が雄、「凰」が雌を意味します(※)。
『説文解字』〈鳥部〉「鶠 鳥也。其雌皇。从鳥匽声。一曰鳳皇也。」
(https://ctext.org/shuo-wen-jie-zi/niao-bu/zhs#n28677):20260124確認
『爾雅』〈釈鳥〉「鶠、鳳、其雌皇。」
「鳳凰」のイメージに雌雄の2羽の意味も内包されているのならば、鏡の紋様に表された2羽1組の鳳凰(鸞)は、やはり雌雄の「番(つがい)」を表現していると考えることができます。
つがいの表現については、夫婦和合を象徴する吉祥紋様とされ、婚礼調度品として広く流行した鏡の紋様として最適な意匠と言われています(廣川守2018)
そして、唐時代の詩人の王建(?~830?)が作った詩『老婦嘆鏡』には、老婦人が嫁いだ時の鏡の背面には「双鳳」(2羽の鳳凰)が施されていることが詠われています。(「嫁時明鏡老猶在。黄金鏤画双鳳背。〈後略〉」※)。
『全唐詩』〈 巻二百九十八〉「老婦嘆鏡」
(https://ctext.org/text.pl?node=165795&if=gb&remap=gb):20260124確認
つまり、唐時代に「嫁入り道具」=婚礼調度品として用いられたのもののなかには、鳳凰のつがいを表した「双鳳紋鏡」があったということが分かります。
ただ、どのように双鳳紋、つがいの鳳凰(鸞)を鏡の紋様に表されたのか明断しにくいですが、「双鳳背」という表記からは双鳳が紋様の主体を占めている可能性が高そうです。
8世紀の唐鏡には、写真4の貼銀鏡や上掲写真3の双鳳紋(※)のように、鳳凰という瑞鳥を鈕を挟んで向かい合わせ、鏡背の中心に主体的に大きく表されるデザインが登場しています。
(※現代の研究では対鳳紋(ついほうもん)や対鳥紋(ついちょうもん)と呼ばれることもあります。)
| 写真4 貼銀鍍金双鳳走獣紋八花鏡 (ちょうぎんときんそうほうそうじゅうもんはっかきょう) 図録245/唐/8世紀 |
このようにみると、2羽を向かい合わせた鳳凰紋を主体として表した「双鳳紋鏡」が、『老婦嘆鏡』にみられる婚礼調度品の「双鳳背」の鏡にあたると考えられます(※)。
(※少数だと思われますが、8世紀の鏡の紋様には2羽の鳳凰が旋回する姿を表した例も見られるため、この類の鏡も含まれる可能性はあります。)
夫婦和合を意味する吉祥紋様として鏡に表された、向かい合うつがいの鳳凰(鸞)。
そこには、「離ればなれになった男女、夫婦の間で、相手を想う心」(久保2003)が込められています。
婚礼調度品としての「双鳳紋鏡」は、二人の間をつなぐ絆を具象的に示すアイテムであり、「双鳳紋」はその象徴といえるかもしれません。
当館が所蔵する唐鏡のうち、鈕を挟んで向かい合う2羽の鳳凰を見ていくと、左右の鳳凰の図像の間では尾羽の形状や頭頂部の羽冠(うかん ※1)や肉冠(にくかん ※2)の有無といった違いは見られず、基本的には左右対称になっています。
(※当館令和7年度秋季企画展では※1・2の語を次のような意味で用いました。※1:頭部、主に頭頂部から後頭部を飾る羽。冠羽〈かんむりばね〉。/※2:鶏のとさか〈鶏冠〉のように鳳凰の額あたりにみえる装飾的に表現された部位のこと。)
こういった双鳳紋には、シンメトリー(対称)の美しさがあります。
しかし一方で、まるで一羽の鳳凰が鏡に映った姿のようにも見えてきます。
向かいあう2羽の鳳凰の図像表現は、南北朝時代の墓室装飾など鏡の紋様よりも古い時代の事例もありますので、必ずしも鏡像を表すものとはいえないのですが、『異苑』に描かれた鸞が鏡に映った自分の姿を見て「驚き」、悲しむ様子を想像すると意味がありそうに思えてきてしまいます。
そうなると、鸞が姿をみた鏡の背面にはどのような紋様があったのか、気になるところです。
孔 祥星・劉 一曼・鵬 宇 編著 2020『中国銅鏡図典(修訂本)』 上海古籍出版社
兵庫県立考古博物館 2017『千石コレクション ―鏡鑑編―』
(K)
作成:2026.3.1.