投稿

6月, 2017の投稿を表示しています

鏡子の「鏡通信」③「鏡パズル」

イメージ
最近はまっていること。
 それは体験コーナーにある「鏡パズル」を崩すこと!

 えっ? どういうこと?

 そうそう、その質問を待っていました(笑)
 だって、パズルって、きれいにそろっているよりも、バラバラに置いてある方が、
「やってみるか!」
とういう気になりません?
 私なら、そう思うけど。。。

 試しに今日の午後、崩しておきました。
 しばらくすると、カチャカチャとパズルを触る音が聞こえてきて、、、
そーっと覗いてみると、熱心にパズルと格闘する来館者の姿が!

 やったー、狙い通り!
と、小さくガッツポーズ(笑)

 それからというもの、隙を見てはパズルを崩しています。

 「何か、賽の河原の鬼みたい」と言われますが、
挑戦してもらえる姿を見たいんです。

せっかくパズルがあるんだし、体験コーナーなんだから、
やらなきゃもったいないですよ!

体験コーナーにはパズルのほかにも、
銅鏡の重さ実感する、
銅鏡の映り具合を見る、
細かい紋様を観察する、
があります。

七夕と鏡

イメージ
もうすぐやってくる7月7日は七夕。牽牛(けんぎゅう)と織女(しょくじょ)が天の川を渡り、年に一度合うことが許されている日です。

このとき、天の川に橋をかけ、二人の出会いを助けるのが「鵲(じゃく)」、すなわちカササギです。

この伝説は中国のものですが、古代の日本でも知られていたようで、百人一首の「中納言家持」が詠んだ
「かささぎの わたせるはしに おくしもの しろきをみれば よぞふけにける」
というの歌からもうかがえます。

このカササギが表された中国鏡があります。
「月宮双鵲銜綬龍濤紋八花鏡(げっきゅうそうじゃくかんじゅりゅうとうもんはっかきょう)」

名称をわかりやすくすると、

①<月宮>・・・・月(ウサギ・カエル・桂樹)の紋様、
②<双鵲銜綬>・・向かい合うカササギが、鈴付きの紐(綬)をくわえている紋様
③<龍濤>・・・・龍が波しぶきを上げて飛翔する紋様
 の3種の主紋様が表された、
④<八花鏡>・・・外形が八枚の花弁のような形をした鏡

ということになります。


カササギは男女の仲をとりもつ瑞鳥と考えられていたようで、鏡の紋様としては、特に唐時代に流行しました。左右に向かい合う対鳥形式は幸せな恋愛や夫婦生活を願ったものとされています。

中国六朝時代(約1,700~1,400年前)の歌には、鏡は女性の持ち物で、女性が鏡の前で遠くにいる夫や恋人を思う、というのが一つの定形であったようです。
この鏡も女性が恋愛成就を願って所持していたのかもしれません。

女性が恋愛を成就し、夫婦円満に過ごすため、鏡に顔を映しながら化粧をした想いは、今の時代よりもずっと強く、切実であったことでしょう。

ちなみに、この七夕の「7月7日」ですが、梅雨の頃で星もなかなか見られません。しかし、本来は旧暦である太陰太陽暦の7月7日のことなので、現在使われている明治6年以降の暦の「7月7日」とは季節が異なっています。

国立天文台によりますと、「月齢およそ6の月が南西の空に輝く夏の夜」にあたり、伝統的七夕の日の定義は、
「二十四節気の処暑(しょしょ=太陽黄経が150度になる瞬間)を含む日かそれよりも前で、処暑に最も近い朔(さく=新月)の瞬間を含む日から数えて7日目」
だそうです。

結局のところ、年によって異なっており、2017年の今年は「8月28日」だそうです。結構ずれています。

このように旧暦でいきますと…

鏡子の「鏡通信」②「サマーイルミネーション」

イメージ
もう、梅雨明けした?っていうぐらい天気のいい日、古代鏡展示館のあるフラワーセンターのサマーイルミネーションに向けての準備が始まりました。

 外での作業はきっと暑いだろうな~と覚悟していたけれど、ありがたいことに倉庫の中での作業で、まずは一安心。。。

 下書きの字の上に金網を置き、下絵をなぞるような感じで電球を金網にまいていくのだけど、それがまあ、難しいのなんの・・・果たして不器用な私にできるのかどうか怪しい感じで・・・
 あっという間に一日が終わりました。せめて一緒に作業しているフラワーセンターの皆さんの邪魔だけにはならないようにがんばります!

 どんなイルミネーションができるか、、、
 完成をご期待ください!!

 兵庫県立フラワーセンターのサマーイルミネーションは、
8月4日(金)~27日(日)のうち、金・土・日の18:00~21:00です。

(過去のサマーイルミネーション)

鏡子の『鏡通信』①「一番のおすすめ」

イメージ
古墳が大好きな「鏡子」さんに、
独自の目線で展示品の楽しみ方を紹介していただきます。

では、鏡子さん、よろしく。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

私の一番のおすすめは、海獣葡萄鏡(かいじゅうぶどうきょう)の紋様の中にいます。
『赤鼻のトナカイ』ならぬ、『赤鼻の海獣』さん!!!
と言っても、戦う「怪獣」ではありませんが ( ^ω^) ・・・

海獣葡萄鏡 (図録213)
なんといっても、鼻が赤い!
もう、それだけで十分かわいいのに、なんと笑っているではありませんか!!
それもあり得ないぐらい首を上に曲げながらのカメラ目線!!

かわいすぎるやろーーーーーー(≧◇≦)

ある意味、最強の癒やし系。
このコに会うために、毎日仕事に来ています!って言ってもいいかも(笑)

見ればふっと笑顔になる、そんなかわいいコが展示室にはたくさんいますよ!
(鏡子)

立体画像の表現力

イメージ
古代鏡展示館(加西市)には、鏡の細かな紋様を観察できるように、主な作品の画像を検索し、拡大するコーナーを設けています。

そこで表示される画像には、通常の写真以外に、X線透過画像(いわゆるレントゲン写真)や立体画像があります。

そのうち立体画像には、対象となる作品の色や光沢に左右されることなく、表面の凹凸の情報を画像化できるという特長があるので、凹凸によって紋様が表現された銅鏡を観察するには非常に有効な手段となり、作品を記録、保存することにつながります。

紋様が見やすいだけでなく、同じ原型から複数の鋳型を作成し、それぞれの鋳型から制作された同型の銅鏡を比較したり、角度を変えて紋様を観察したりできます。(現在、展示室に設置してある機械のシステムでは立体画像を拡大、縮小したり、角度を変えて観察することはできません。)

それぞれの画像がもつ特長を活かすことで、細かな図像や、同型鏡の研究、作品の保存管理にも役立てることができます。

海獣葡萄鏡(図録221) 写真
同上 立体画像  立体画像 部分 同上 X線透過画像

二枚重ねの鏡

イメージ
蟠螭紋透彫鏡(ばんちもん すかしぼり きょう) 【図録23】
S字形の凹線を連続した紋様の内側に2枚の合わせ目がある
中国の戦国時代(紀元前453~紀元前221年)の鏡に、紋様のある背面と顔を映す鏡面(表面)が別々に鋳造された鏡があります。「二重体鏡」、または背面側が透かし彫りにされているため、「透彫二重体鏡」(すかしぼり にじゅうたいきょう)、あるいは単に「透彫鏡」(すかしぼりきょう)などと呼ばれています。

二枚を重ねているのは、明るく光を反射させるのを目的とした平滑な鏡面側と、複雑な紋様を表現することを目的とした背面側を別々に制作する必要があったためと考えられています。

出土数がわずかで、伝世のコレクション中にも散見される程度であることから、まだまだ研究の余地が多い鏡式です。平成10年の時点で約40面とされていましたが、新たに千石コレクションに含まれている14面が加わりました。

中央にある鈕座に5体の龍(螭)がかみついている
「蟠螭紋(ばんちもん)」の「螭」(ち)とは、蛇のような細長い胴体をした龍の一種のことで、頭部に大きな角が付かず、耳と区別できないような小角を付けているものが一般的です。この「螭」が立体的に絡まり合いながら大きくうねる紋様を「蟠螭紋」と呼んでいます。

しばらく見ていると、ウネウネと動き出しそうで、ヘビ嫌いの人には少々きつい紋様かもしれませんが、鏡に期待された呪術性を存分に発揮している逸品といえる作品です。

<参考文献>
兵庫県立考古博物館2017『千石コレクション -鏡鑑編-』
廣川守1998「春秋戦国時代の透彫二重体鏡について」『泉屋博古館紀要』第十四巻 泉屋博古館
泉屋博古館2004『泉屋博古 鏡鑑編』

夫を想う妻の詩が記された鏡

イメージ
異体字銘帯鏡(清銀鏡)【いたいじ めいたい きょう(せいぎんきょう)】   (X線画像を白黒反転)
紀元前2世紀の鏡に、漢字が記されています。 ちょっと、今の漢字とは異なりますが、だいたいは理解いただけるかと想います。
内容は、上図の上方にある「秋」の文字から右回りに
「秋風起、心甚悲。時念君、立輩徊。常客居、思不可為游中国、侍来帰。清銀銅華以為鏡乎、炤察衣服 観容貌乎、絲組雑。」 
(秋風が吹き、心はとても悲しい。時々あなたのことを思い、立って徘徊しています。常に旅住まいをしているため、都をゆっくりと歩き回ることもできないと思い、侍して(仕えて)帰って来るでしょう。清らかな銀(実際はスズ)と銅を用いて鏡をつくり、その鏡で衣服をチェックし容貌を観ています。糸と組紐とはまじわっている」
作者は都(「中国」と表現)の長安にいる女性で、遠くに旅立ったまま帰らない夫を案じた詩となっています。 その心は、2,000年以上の時間を経た私たちの心にも響きます。 「糸と組紐とはまじわる」は、中島みゆきさんの「糸」の一節「縦の糸はあなた、横の糸は私」にも通じるように思えました。
前漢のころ(紀元前2世紀)、鏡には文字(銘:めい)が記されるようになりました。特に、銘を並べて一周するものを「銘帯」と呼んできます。 漢字のもつデザイン性を強調し、主紋様とした鏡であるため、「異体字銘帯鏡」と呼んでいます。 特に本鏡で珍しいのは、文字が横方向に並んでいる点です。
鏡に文字が記されるようになったことで、当時の人々の鏡に対する想い、習俗が具体的にわかるようになりました。本鏡の銘からも、女性が衣服を整え、容姿を映すために鏡が使われていたことがわかります。
<参考文献>兵庫県立考古博物館2017『千石コレクション -鏡鑑編-』