五獣紋鏡

 この秋から新しく展示している鏡(図録75)を紹介します。
 名前は五匹の獣がいることから、五獣紋鏡(あるいは五蜼紋鏡。「蜼(イ)」は猿の一種)と呼ばれています。径14.2cm、重さ186g。秦~前漢のころと考えられています。


 この鏡の特徴は周縁がなめらかなカーブを描いて立ち上がっていること。このように匕(さじ=スプーン)状に凹んだ面を「匕面(ひめん・さじめん)」、そして匕面をした縁を「匕縁(ひえん・さじえん)」と呼んでいます。
 
鏡の平面図(黄色の部分が匕面となる)


鏡の縁部分の断面図
 こうした匕縁をもつ鏡は戦国時代の銅鏡の大多数に認められ、前漢はじめまで続きます。
 特に最外縁の上部の尖った部分は、古い時期には面をもち、次第にその幅が狭くなり、やがては尖るように変化することが知られています。本鏡は鋭く尖っているので、比較的新しい時代、戦国時代末以降の特徴をもっていることになります。

 厚さも非常に薄く、1~2mm前後しかありません。手にすると驚くほど軽く、よくこんなにも薄く仕上げられたものだと、技術力の高さに感心し、割れないかとドキドキしてしまいます。

 さて、主紋様である五匹の獣。長く巻いたしっぽが特徴的でオナガザルのようにも見えますが、顔は狐で耳はネズミのよう。そしておもしろいのがそのポーズ。


 左前脚を外側の円帯につけ、右前脚で前方にいる獣のしっぽをつかみ、左後脚を大きく後方へ振り上げ、右後脚で内側の円を踏みしめています。まるで天地を支え、しっぽをつかみながら、ぐるぐる回っているようです。
 このようなデザインの鏡は他にも見つかっています。それらは獣の形態や,、頭数が3~5匹になるなどのバリエーションがあるものの、ポーズはよく似ています。天と地を支え、しっぽをつかむことには、単に愛嬌があるだけではない何らかの深い意味があるのでしょう。

東京国立博物館所蔵鏡
(画像番号:C005994)
(列品番号:TJ-631)
 
獣の背景にある細かな紋様(地紋:じもん)は、羽状の紋様とその隙間にある小珠紋(ちいさい点々)からなっており、他の青銅製品にも共通する紋様です。龍の一種である螭(ち)が退化した紋様と考えられていることから、「羽状獣紋」と呼び、これが地紋となっているので「羽状獣紋地」、そして、こうした地紋のある鏡は「羽状獣紋地鏡」と総称されています。
 こうした地紋は数センチ角のスタンプを上下左右に連続して鋳型に押しつけることで表されてい
ます。

 地紋の上に配置された決まったポーズの獣。「なんだか、ちょっと楽しそう」と思うだけでは当時の人々の心に届かないのかも知れません。

<参考文献>泉屋博古館2004年『泉屋蔵鏡 鏡鑑編』