令和5年度冬季スポット展示 『干支 辰 たつ/シン』 雲龍紋八花鏡
みなさまお元気でお過ごしでしょうか?
令和6年の干支(えと)は、十二支は「辰(たつ)」、そこに十二種の動物が割り当てられた十二生肖(じゅうにせいしょう)は「龍」です。
「雲龍紋八花鏡(うんりゅうもんはっかきょう)」 を取り上げています。
雲龍紋八花鏡(図録283) 時代:唐(8世紀)/径:15.4cm/重:704g |
連続する八枚の花弁を象った形の鏡の中には、天を飛翔するかのような躍動的な姿態の一匹の龍と、その周囲を旋回するように雲の図像が表されています。
龍については、ぜひスポット展示で実物を御覧いただきたいですが、ここでは鏡の名前にある「雲龍」、雲と龍について少し注目したいと思います。
雲と龍は、"るいとも(類友)"
(1)雲は龍に従い、風は虎に従う。
この雲龍紋八花鏡に限らず、龍が雲と一緒に表された図像をみかけたことはないでしょうか?
古代中国では、龍と雲がともに描かれた図像は、戦国時代~漢時代から多く描かれています。
龍と雲の関係性を知るうえでカギとなるのは、
「雲は龍に従い、風は虎に従う。」(※「雲従龍、風従虎。」)
という言葉と考え方があります。
この言葉は、紀元前8世紀頃に原型がまとまったとされる、古代中国の占いの本『易経』(『周易』)の「乾(けん)」の項目(=卦(か))に記されたひとつの経文(=爻辞(こうじ))にある
「九五 飛龍天に在り。大人(たいじん)を見るに利(よ)ろし。」(※)
※「九五 飛龍在天。利見大人。」(『周易上経』乾)
という一文に対して、「文言伝」で注釈された一節のなかに確認することができます。
「九五に曰く、飛龍天に在り、大人を見るに利ろしとは、何の謂いぞや。子曰く、同声相い応じ、同気相い求む。水は湿(うるお)えるに流れ、火は燥(かわ)けるに就く。雲は龍に従い、風は虎に従う。聖人作(おこ)りて万物を覩(み)る。天に本づく者は上に親しみ、地に本づく者は下に親しむ。すなわち各(おのおの)その類に従うなり。」(※)
※「九五曰、飛龍在天、利見大人、何謂也。子曰、同聲相應、同氣相求。水流濕、火就燥。雲從龍、風從虎。聖人作而萬物覩。本乎天者親上、本乎地者親下。則各從其類也。」(『周易上経』「乾(文言伝)」)
【訳】「飛龍天に在り、大人を見るに利(よ)ろし」とあるのは、どのような意味か。孔子は次のように言う。声気を同じくするものは、互いに応じ求めあう。たとえば、水は湿った方に流れ、火は乾いた物に燃えつく。雲は龍にともない、風は虎にともなう。同様に聖人がひとたび現れれば、よろずの人がこれを仰ぎ見るであろう。すべて気を天に稟(う)けた動物は天体の運行に親しみのっとって動作し、気を地に稟(う)けた植物は地体の凝固に親しみのっとって静止する。つまり、物みなそれぞれの類に従うのである。」
※漢文・訳・読み下し文は高田真治・後藤克巳1969『易経(上)』岩波文庫 岩波書店に拠る。
この注釈では、天に飛龍が現れると、大人(たいじん)=徳の高い立派な人が現れる(見(まみ)える)、ということを説明する根拠として、いくつかの同類・同属といった関係性のある物事の間に因果的に起こる事象の具体例を挙げています。
そして、当時考えられたそういった関係性の代表として、雲と龍、風と虎がそれぞれ挙げられていることになります。
文中にある「従」を「ともなう」とする解釈は、「龍が現れると雲が湧く、虎が現れると風が吹く」という関係性でもあると捉えることができますし、「物みなそれぞれの類に従う」という点からもさらに言えば、いわゆる諺の「類は友を呼ぶ」= "るいとも(類友)" といった感じにも受け取れるでしょうか。(※)
そういったことから、雲龍紋八花鏡に表された龍とその周囲に旋回する雲の図像表現をはじめとして、龍とともに雲が描かれる、「雲龍」の背景には、 "るいとも(類友)" な関係性を読み取れるということになります。
こういった"るいとも(類友)"な雲龍の関係については、次のような唐時代の文献にさらに加えられた解説や意味を知ることができます。
(2)龍吟ずれば則ち景雲出づ/虎嘯(うそぶ)けば則ち谷風生ず
唐の孔穎達(くようだつ)〈574~648年〉が『周易』の注釈をさらに解説した『周易正義』(『周易注疏』)では、龍が唸(うな)ると景雲=めでたい雲が出現する、と記されています。
「雲は龍に従い、風は虎に従うは、龍は是れ水畜、雲は是れ水気なり。故に龍吟ずれば則ち景雲出づ、是れ雲は龍に従うなり。虎は是れ威猛之獣、風は是れ震働之気、此れも亦た是れ同類相い感ず、故に虎嘯(うそぶ)けば則ち谷風生ず、是れ風は虎に従うなり。」(※)
「雲従龍風従虎者、龍是水畜、雲是水気、故龍吟則景雲出、是雲従龍也。虎是威猛之獣、風是震働之気、此亦是同類相感、故虎嘯則谷風生、是風従虎也。」)
参照:『中國哲學書電子化計劃』
龍とともに現れたのはただの雲ではなく、「景雲」(慶雲)というめでたいしるし=祥瑞であり、『周易』の「飛龍在天、利見大人」の一文の解釈がさら深められています。
(3)虎嘯(うそぶ)きて風生ず、龍騰(のぼ)りて雲起こる。
また、過去の当ブログの記事でも取り上げた、唐時代にまとめられた(659年に成立した)中国の北朝についての歴史書、『北史』〈巻七十八列伝第六十六〉の「張定和」に関する記述に次の一文があります。
「論曰、虎嘯風生、龍騰雲起、英賢奪発、亦各因時。」(※)
(「論曰く、虎嘯(うそぶ)きて風生ず、龍騰(のぼ)りて雲起こる。英賢の奪発も、亦(また)各(おのおの)時に因る。」)
【意訳】虎が吠えると風が吹き、龍が天に昇ると雲が湧き出す。英雄が奮起するのも、またそれぞれ時宜を得たからである。
「論曰、虎嘯風生、龍騰雲起、英賢奪発、亦各因時。」
参照:『中國哲學書電子化計劃』
https://ctext.org/library.pl?if=gb&file=57541&page=82 (2024/01/28確認)
「虎嘯風生(こしょうふうしょう)」の四字は、虎が吠えると風が吹く、ということから、すぐれた能力をもつ人が機会を得て奮起することの例えを意味する四字熟語として知られています。
龍については、『周易』に登場する順番とは異なり、虎の出番の後に「龍騰雲起」とあり、また『周易』に見える「龍吟ずれば」と言う表現とも異なっています。しかし、これも龍が天に昇って雲が起こるという、意味をもつ、"るいとも(類友)"な雲龍を表す四字であり、『北史』にある一文「英賢奪発、亦各因時。」を説明するために「虎嘯風生」と同義的に並列される例えとなっています。
以上のように見てくると、"るいとも(類友)"の雲龍を表す唐時代の雲龍紋八花鏡には、口を開いてダイナミックに四肢と体躯を広げた龍と、その周囲に巻き上がるような雲が表されており、まさしく咆哮をあげる龍が、その周りに湧き出した「めでたい雲」の中を天に昇る様子が表現されているという解釈もできるかもしれません。
令和5年度冬季スポット展示 『干支 辰 たつ/シン』は、3月10日(土)まで開催中です。
是非、令和5年秋季企画展『方格規矩鏡 ―鏡に広がる天円地方の宇宙―』とあわせて御覧ください。
(K)