中秋の名月と月宮図鏡

今年の中秋の名月は10月4日(水)だそうです。

♪ う~さぎ、うさぎ 何見てはねる
 十五夜お月様 見ては~ね~る ♪

わらべ唄の「うさぎ うさぎ」です。

「十五夜お月様」とは、月の満ち欠けの約半分である15日目が満月とされたことからきており、特に「中秋の名月」は旧暦で秋(7・8・9月)の真ん中の「8月15日」とされています。

さて、このわらべ唄にあるように、日本では月にはウサギがつきものです。

では、中国は?というと、それがわかるぴったりの鏡があります。

その名も「月宮図鏡(げっきゅうずきょう)」(または月宮鏡)。
「嫦娥奔月(じょうがほんげつ)」という月にまつわる伝説が表されています。

 月宮図鏡(唐 15.6cm)
 
鏡背面の全面を月に見立て、そこに月に関係する伝説を表しています。
構成要素は、①中央の樹、②右側の女性、③右下のウサギ、④左側の女性、⑤左下のカエル、の5つです。

① 中央の樹は、月に生えるという「桂樹」です。しかし、日本語でいうところの「桂樹」や「桂」とは別物だそうで、日本で言うキンモクセイ、ギンモクセイにあたるのだそうです。
この月に生えているという「桂樹」は、高さが100mを超え、切り倒してもすぐに再生するという恐るべき回復力があるそうです。
別の伝説によると、かつて呉剛という男がこの樹を切るという罰を与えられたのですが、樹は切る端から再生したため、永年に渡ってつらい仕事を続けなければならなかったそうです。

② 右側の女性はいろいろと説がありますが、西王母(せいおうぼ)と考えました。西王母は西方の山に住む女仙で、不老長寿の術を得意とします。
非常に有名な女仙で、二千数百年前から信仰されており、多くの鏡にも登場するほか、『西遊記』に登場したり、日本でも能の演目「西王母」として取り上げられたりしています。

③ 右下のウサギは、臼と杵(きね)で何かをつくっています。日本では「月にいるウサギは餅をついている」というのが定番ですが、中国では「白ウサギが不老長寿の仙薬をつくっている」と考えられています。
白兎(はくと)や玉兎(ぎょくと)とも呼ばれています。

白兎(玉兎)

④ 左の女性は羽衣をまとい、左手には容器を持っています。この女性は「姮娥(こうが)」あるいは後に「嫦娥(じょうが)」と呼ばれるようになった方で、弓の名人である「羿(げい)」の奥様です。
この羿は西王母から不老長寿の薬をもらうのですが、なんと奥様の嫦娥がそれを盗んで月へ逃げてしまうのです。
嫦娥が手に持つ容器は不老長寿の薬で、跳ね上げた右足はいかにも走って逃げているように見えます。

姮娥または嫦娥

⑤ 左下のカエルは「蟾蜍(せんじょ)」でヒキガエルのことです。
月の中にいるカエルは約2,000年前の方格規矩鏡にも表されています。どうやら中国では、どちらかというとウサギよりカエルの方が月の主人公のようです。

蟾蜍
方格規矩鏡の中の月(X線画像を反転)
(西方を司る白虎がカエルのいる月を持っている)

さて、この5つの要素を結びつけて絵解きをします。図像の対比にはいろんな説があるので、「諸説あります」でお読み下さい。

まず、西王母②はウサギ③に不老長寿の薬をつくらせています。あるいは薬の材料として中央の「桂樹」①も使われているのかもしれません。
できた薬は西王母②から弓の名人「羿(げい)」にほうびとして渡されます。
ところが妻の嫦娥④はそれを盗み、一人で月へと逃げていきます。
しかし、盗みの罰として嫦娥④はヒキガエル⑤の姿に変えられてしまいましたとさ。

伝説に登場する方々が図像のどれに対比するのかは諸説ありますが、伝説のあらすじは多くの書物に伝えられています。そして、後年になると嫦娥は美しい月の仙女として描かれるようになり、やがては日本画の題材にもなっています。

この物語は非常に有名で、現在行われている中国の月探査計画は「嫦娥計画」と名付けられているほどです。すでに嫦娥1号~3号までが発射され、そのうち3号は月面着陸をし、中からは無人探査車「玉兎号」が出てきて様々な調査をしました。

4コマ漫画のように鏡に表された月宮図。昔の人が思い描いた月に対する情緒的な想いも、科学の進出によってどんどん無機質なものに変わっていく気がします。
それに比べると、今も昔も変わらぬ不老長寿に対する女性の願望は、何と人間味あふれていることでしょう。

皆さんは中秋の名月を見ながら何を想いますか?

<参考文献>
孔祥星・劉一曼 1991『図説 中国古代銅鏡史』海鳥社
来村多加史 2008『高松塚とキトラ』講談社
兵庫県立考古博物館分館開設準備室 2017『千石コレクション -鏡鑑編-』